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2006.09.29

■ひぐらしのなく頃に 第26話「罪滅し編其の伍リテイク」

 リテイクの意味っていうのは…?。
 やり直せるのは素晴らしいことなのかもしれないけれど、圭一や詩音はあれで終了、もう二度目は無いって思いますよー。
 別の誰かの人生を閉じてしまっても、他にその人が生きている世界があって、逆にその人から殺されるなら、貸し借りはゼロ、と言え無くもないけれど…。
 そんなのは嫌だなあ。
 前回の、バットで襲いかかる圭一を、両手を拡げて受け入れようとしていたレナの姿を見たら、既にレナはどこかで圭一を殺していたのかな、なんて思っちゃったし。
 とりあえず今回、レナは圭一を殺さなかったみたいだし、梨花は生きてるみたいだし、それはそれでいっか。

 結末がさっぱり分からないのは難点かしら。
 どうしてレナは首を掻きむしって死ななかったのか、レナと梨花の決着はどう付いたのか、それも分からないや。
 そもそも全部、仲間とか信頼とか相談とか、そういうのが出来なくなって起きた事件なんですよね…?。
 ラストの教室の光景も、沢山ある別の世界の一つに過ぎないのかもしれないし、事件が起きる前の回想なのかもしれないし、どうにも判断が…(^^;。
 とりあえず「終わった」ことに安心しちゃってたりする私です。
 そんなんでいいのかな?。
 かなかな。

 魅音はやましいことがあるからか、おとなしく殴られてましたけど、魅音は表立って何かをした光景、全く描かれてませんよね。
 何だかみんな詩音みたいで。
 他の人達はみんな、誰かしらを殺しちゃってるのに。
 何故か魅音は殺される側なの。
 あ、梨花も殺される専門。
 詩音のときとか、「あと僅かな頑張り」とは別の問題だった気がしますけど…。
 レナを鉈女とか呼んでいたのが妙に可笑しかったけれど、レナが鉈なんぞ持ってるのは、誰かの思い出の鉈だったりするの…?。
 …悟史のバットじゃ無いって。
 本来の用途は、宝探しの為の道具なんでしょうけど。
 そういえば、おでこの傷で魅音と詩音を見分けようだなんて、酷い冗談だなあ(^^;。

 でも、この罪滅し編、なかなか楽しかったです。
 普段はみんな、ちゃんと優しかったり可愛かったりしたし。
 叫びとか怖い表情とかって、キャラクターの個性を無くして、みんな同じに見えちゃうから、私はあんまり好きじゃ無いです。

 と、そんなこんなで、この感想もまとまらないまま終わるのでした。

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コメント

シン・サーベルさん☆

 この最終回「だけ」を見たらしい友人が、「ぽかーんとした」という感想を言って来たので、その光景を楽しく想像したりしつつ、私自身はそれなりに感じ取るものがあった最終回でした。

 結末って、別に単純でもいいと思うんですよね。
 推理を全くしていない私が言うのも何ですけど…。
 シン・サーベルさんがおっしゃる通り、梨花の立場をクローズアップさせたのは、面白いって思いましたし。
 ラスト、梨花のナレーションだけは、いくら何でもあんまりだ、って気がしないでもありません。
 はっきり結論じみたことを言わせなくても、良かったのに。
 もっと別の方向で、物語を閉じて欲しかった気が凄く。
 それこそ、梨花は表情だけで演技させるとか…。
 最後のあれ、聞いてて恥ずかしかったですよお(^^;。

 原作との位置関係は、シン・サーベルさんのご意見を聞いて、頷くばかりです。
 ちなみに私は、このアニメを見ても、読んでいない原作への評価は特に上下しませんでしたし、機会があれば読んでみたいなって思います。

 始まった当初は、巷で評判のゲームのアニメ化という事で気負った印象がありましたが、最終的には普通のアニメのスタンスで閉めた感じです。

 内容がアレなので少し手に余った様ですが。(原作者自身が手に余らせているし)

 このアニメの至らない点について、僕は原作ファンが言うようなアニメスタッフのせいだけではなく、前回(リンクの方ですが)書いたように、原作由来のものだと考えます。
 
 なんて言うか、途中からスタッフがそれに気づいてしまった感じなんですね~。
 「これって、それほど大したモンでもないんじゃ…」という実体を、「『複雑』である事と『難解』である事は世間ではしばしば混同される」というE・A・ポーの指摘の注文通りに、ムダにミスリード要素を数多くばらまき、不可能性をちらつかせてユーザーをまやかす事によって、そこに難解で高度な謎が秘められていると錯覚させる、あまり感心しない手法でもって盛り上げて来た作品ですので。

 この原作は結局ゲームであって、ストーリーの中心にある本質を問うよりも、その手法なりシステムなりによってもたらされるサスペンスを楽しむもの…であるならば、アニメではディテール的な細かい部分が、省かれている為につまらなくなっているという原作ファンのボヤキも分からないでもありません。

 しかし擬似的とはいえ「謎解き」という形で展開させていった為に、まやかしの中に置かれたユーザーは過度の期待を真相に求めるようになり、純粋ノベルという形式も手伝って、即物的なゲームとしてではなく、『想像を超える懐の深い世界観を持った作品』(某ユーザー談)という見方をされるようになり、そういう空気のさ中にアニメ化もされました。

 とはいえ、本格ミステリー並みの真相が用意されている筈もなく、当初の、“みんなで推理し合うゲーム”というコンセプトからすれば必要無い筈の解答編をリリースせざるをえなくなる。でないとユーザーが欲求不満になるからだ。

 そこでトリックの代わりに、パラレルワールドの表面化と、それをクリップする梨花の存在を強調する。「ボードゲームを作っている感覚」と竜騎士さんが言うこの構成は、確かに当初から考えられてはいたのだろう。それは間違いない。綿流し編で、目明し編に繋がる梨花の働きがあるからだ。

 しかしながら、この「黒梨花」の存在も、パラレル世界を関連付ける手法も、結局はよく出来た本格ミステリーほどには面白くはない。
 ミステリー作家が頭脳を絞って創出したトリックに比べて、アニメやゲームといったサブカルチャーの設定世界においては、遥かに創案が容易だからだ。
 つまり、ありがちなネタなのである。

 即物的なゲームでなく、「独自の世界観に基づく文化的作品」であるならば、たとえアニメがディテール表現に不足はしていても、その骨格部分の表現だけで、十分に評価に値していた筈なのだ。

 そうなっていない、という事はやはりこれは解答よりも、手法やシステムや経過を楽しむゲームであって、この作品の評価を錯誤たらしめた元凶であるミステリー仕掛けに対して、十分とは言えない真相に替わり表面化したSF設定も、巷での評判を証明するものにはなり得ていない。(アニメのおかげで引きかかっているユーザーを引き止める為か原作ファンは、必死にひぐらしの作品世界を説明したりアニメスタッフを叩いたりしている状況にある)

 このアニメ化作品が開始当初、気負いが見られたというのも、その錯誤もしくは過大評価に基づいての制作であったからで、最終回近くになって次第に普通のアニメになっていったのも、SF設定というもともとアニメとは親和性の高いテーマが主体になっていったからなのです。

 そのために結末がスッキリしなくなった責任の半分は原作にあって、アニメはそれを映し出したに過ぎません。

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