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2006.07.30

■ひぐらしのなく頃に 第17話「目明し編其の弐ケジメ」

 このお話で、魅音と詩音の違いがやっとはっきり分かりました(…遅いって)。
 基本的な性格は似ていても、育って来た環境と、その立場は全然違うから…。
 魅音も、いざとなると、徹底してます。
 その本心までは、分かりませんけれど。

 爪三枚だけで済んだのは、まだ良かったのかな…。
 叔父さん達も健在ですし。
 でも、爪剥がすのって、痛いですよね。
 麻酔しててもかなり痛いのに、あんな器具で剥がされるのって、想像を絶する世界です。
 その痛み、詩音は絶対に忘れないんだろうな。
 良くも悪くも、それはきっと。
 この頃の詩音は、それでもまだ、普通の女の子だったみたいなのに。

 悟史が予約していたでっかいぬいぐるみ、買えなかったのはどうしてなんだろ。
 誰かの嫌がらせとか…。
 沙都子は何か嫌な女の子です。
 虐待されてる様子が全く出て来ないせいもありますけど。
 いえ、わざわざ出さなくてもいーんですけど。
 そうそう、自分は魅音じゃなくって詩音だって言ったときの、大石のびっくりした表情が、私は結構印象に残ったりしています。

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コメント

シン・サーベルさん☆

 魅音に詰問されたときの詩音は、至って普通の言動を取ってましたし、それは園崎家とは全く関係無く育って来た詩音の立場が、良く出ていましたね。
 詩音なんてその程度の存在なのに、いざ何か起きると、園崎家としての縛りを入れてしまうのが、どうにも困った所ではあります。

 人間らしさの部分も、実態としては確かにそうかもしれません。
 そこまでシニカルな描かれ方をしてしまうと、見ていて厳しいっていうのはありますけれど…。

 関わった人間にまで危害を及ぼしたくないと思うのは普通でも、自己の保全の為にその人達を裏切ったりする「弱さ」や「ズルさ」の方が人間らしいと思いますね。(日頃立派なこと言ってる人が、いざとなるとそうは出来なかったりとかね)

 普通の人は、ケジメの為に爪を剥いだり、指を詰めたりしないし。
 それは特殊な人種の証な訳で、本人達もそのつもりで、肩で風切った気になっているのが、『ヤクザ』というものです。

 「ケジメ」とやらに同意せざるをえなかった詩音の行動はそれ自体としては正しいですが、それは「普通」と解釈しない方がいいと思いますよ。

 ここでの依存度というのは生活費の問題ではないですね。バイト先の店長が身内である事を別にしても。
 人とかかわる事自体が既に依存を発生させていますから、鬼の覚醒を待たずとも通常の状態で、どれだけ『意志』的であるかが詩音自身の問題だったのです。詩音は最後まで気づかなかった様ですが。

 
 見せしめのつもりなら、殺した方が有効でしょう。
 けど、それほどの問題じゃない。公になったといっても隠匿できない事でもない。それでもケジメ(殺す以外のケジメなどは笑止です)をつけないと気が済まない、園崎の組織としての器の小ささが伺い知れます。詩音が生きている事自体面白くないのに、それが人に知られるのはもっと面白くない。要点はそこでしょう。
 小指が無いのをイキがるような連中なら「ケジメ」もたいして見せしめにはならんだろうし、僕が不快なのは爪を剥ぐこと自体よりも、ものものしく居揃った連中が、冷たい目でそれを強要することを「ケジメ」などとエラソーに称している状況ですが、それは他の者には分からない。
 詩音が爪を3枚失くして戻って来たのを見て、逆に「カッコイイ」と思う若いモンもいるかもしれない。
 
 政界に顔が聞くといっても、雛見沢出身者が与党執行部内に居る※というだけの事で、アメリカの軍産複合体のような構造的な癒着を形成している訳でもない。(でなければダム計画が持ち上がる訳が無く、凍結《中止ではない》させるのが精一杯)
 その政治家が失脚したら建設側の土建屋と結託した他の組織に、いつ潰されてもおかしくないド田舎のケチなヤクザが、自分達で勝手に作った独自の秩序の中で右往左往している喜劇であって、近く雛見沢大災害にて一掃されて正解のオママゴトでしかありません。

※単に政府内の弱みを掴んでいるだけかもしれませんが、それなら尚更に弱い基盤と言えます。これは繋がりの具体性よりも、政府と繋がっていると聞いただけで恐れてしまう人の為のサスペンスです。
 オヤシロサマが実はクトゥルフの邪神だったという真相でもあれば怖いかもしれませんが。

シン・サーベルさん☆

 詩音の存在っていうのは、園崎家にとっては些細なことのような気がするので、何かと面倒を起こすなら、殺してしまった方が簡単だったような気はします。
 その存在が公になってしまった以上、そういうわけにもいかないのかな…。
 今回の「ケジメ」は、対外的にも対内的にも、見せしめというか、統率を保つ為に必要だったんでしょうね。
 それでも、かなり寛容だった気がするのは、魅音の意志が働いていたのかもしれません。

 詩音は生活費も自分で稼いでいるし、園崎家への依存はそれ程高くないと思いますけど、関わった人間にまで危害が及ぶっていうのは、さすがに耐えられなかったみたいで…。
 それは普通の人間としては当然だと思うのですが、この後に待つ悟史の運命が、魅音を決定的に変えてしまうのかもしれませんね。

 あんな仕打ちを受ければ「オヤシロサマの祟り」が園崎家によって引き起こされている。夜な夜な犠牲者が地下祭殿で腸を引きずり出されて…と、詩音が「思い込む」のも無理はありませんな。圭一がそう思い込んだように。
 
 園崎家としてはむしろ寛大な処置なのだろうが、ケジメとか言って従わせるやり方が僕は好きではない。許せるか許せないか、生かすか殺すかであるべきだろう。組織としては。結局、現頭首のババアと次期頭首の魅音は後に、詩音に殺される事になる。園崎家のリーダーをいっぺんに失う訳で、「ケジメ」などで問題を処理したつもりになっているのは、ひとりよがりのママゴトと同じだ。

 詩音の判断力の拙さは、むしろ『血』によるものでしょう。誰の世話になって生きて来られたとか言われると怯んでしまう。それはそれ、これはこれ。結局他人のためにケジメに同意してしまう。 現代っ子のように見えても実は園崎の血を色濃く継承している。
 
 似たような立場の人は、実の所世間には少なくない。自分を存在しないものとして扱う家など、厭わしい存在でしかないだろうが、それをむしろ幸運と解して、自由をかち得ている人はいくらでも居る。詩音にそれが出来ないのは、自分と魅音を隔てるものが、自分が嫌った筈の「しきたり」だけでしかないからだ。
 詩音にとってのオヤシロサマとは、引き継いだ園崎の血であって、頭首にされなかった彼女の血は、頭首とそれを含む秩序の破壊に向かう。
 綿流し編の最終話で詩音は魅音の姿を借りて、自分の内なる鬼の覚醒を語ったが、それは魅音に化けずとも真実だったという訳です。


 祟り殺し編で圭一からの電話を受けたのが詩音だった可能性が強くなりましたが、詩音と魅音の間に連絡がつくのでこれはどちらでも問題ありません。
 
 叔母殺しの犯人として挙がった麻薬常習者は園崎家の仕込みでしょう。
 悟史の失踪も園崎によるものかは分かりませんが、少なくとも詩音はそう考えるでしょう。
 もしそうなら、詩音に近づけさせない為に悟史を拉致した事を、悟史の疑いを晴らす事で、詩音に容認させようと暗に示したつもりだったのかもしれませんが、それはかえって詩音の神経を逆撫でする事になっていくのでしょう。
 もっとも悟史の真相については、詩音の思い込みという可能性も残りますが。

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