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2005.06.06

■エルフェンリート(地上波版) 第10話「嬰児 SAEUGLING」

 AT-X版の感想は、こちらです。

 3番のディクロニウス、最初はルーシーなのかと思っちゃった…。
 ディクロニウスは、3歳になると、人を殺し始めるんですって。
 以前、ルーシーで殺人衝動のイメージというか、そんなものが描かれてましたけど、あんなのが全員に見えるんだとしたら、知能が高いのも考えものなのです。
 情緒が幼児なのに、それは怖いよね。
 最初に殺すのが自分を護ってくれていた両親っていうのが、また…。

 今まで、画面が黒くなっても別に違和感は無かったんですけど、蔵間の研究室の前へやって来た3番のシーンでは、ちょっと何が起きたのか分かりませんでしたねえ。
 でも、蔵間の恩義の意味とか、ジルペリットの意味とか、忘れていたことも沢山思いだして。
 如月のことも、あんな風に考えていたんだな、って。
 でも、ピュアな生き方をしている人達は、みんな不幸になったり殺されちゃったりするのがこの作品で…。

 「あ、そーだ。人も増えたし、江ノ島まで行こうか」っていうユカのセリフ、私はとても好きです(^^)。
 あの表情といい…(^^;。
 このセリフが何話だったのか忘れちゃって、今までずっと気になっていたのですが、ここだったんだあ。
 女の子がどんどん増えて、ユカも大変です。
 一瞬だけ嫌そうな表情してましたけど、そんなの誰も気が付きません。
 他ならぬコウタがあんなだからなあ…。
 そして、コウタに好きって言いながらひっつく、にゅうを見つめる表情も。

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コメント

加嶋結喜さん☆

 「通り雨にて」では、まだナナがにゅうとうまく行ってなくて、ぎくしゃくしていた様子が描かれてましたよね。
 既に坂東が脅威で無くなってる様子なのが、なんとも…(^^;。

 この辺りのお話って、本当に衝撃的です。
 地上波ではカットされてましたが、3番に鉄球をぶつける実験とかを見ると、激しく良心が傷んだりもして。
 ディクロニウスが攻撃するのは本当に人間だけで、自分に危害を加えた子犬にも決して手を出さない様子が描かれてましたし…。
 それなのに、ディクロニウス同士で殺し合ってしまうのは、やっぱり自分の大切なものを護ろうとするからみたいです。
 幼い頃の原体験だけが、生きる全てというか。

 最終話のルーシーの台詞からも、楓荘は幸せに暮らせる場所っていうのが感じられましたよね。
 あそこに「敵」が踏み込んで来たりするのなんて、とても考えられません。
 原作ではどうなっているのか、ちょっと怖かったりもするのでした。

EX話「通り雨にて」は、ちょうどこの頃のエピソードになるんですよね…。
3歳になると人を殺し始めるという設定は、とても衝撃的でした。
思えば9話・10話は、ディクロニウスを取り巻く構図が次々に判明して、そのたびに絶句の連続だったような気が。

9・10話の初見時、この瞬間はみんな幸せな時間なんだな~、というのを感じていました。
13話で完結するのが分かっており、楓荘のこの生活がいずれ終わる……という視聴者としての切なさ感がなんか好きです。
最終的にどうだったかは、ネタバレなので書かないことにしますが。
丁寧に描かれる「みんな幸せな時間」の重みというのは、やっぱりエルフェンリートでしか表現できない部分があるのだと思えます。

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